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撮影までの秘話

――お二人が出会った経緯は?

陵本望援(以下陵本) :初めて会ったのは、中目黒のホテルでやっていた写真展。そこで共通の知り合いに紹介されたのが初めましてやったね。「今はモデルですが、これからは俳優業を始めるんです」って話してて、新しく入ることになっていた事務所の社長が私の知り合いで、「えっ、あそこの事務所に入るの!」ってなったのが出会ったきっかけです。

INTERVIEW WITH EITA NAGAYAMA #02

永山瑛太(以下永山) :それが20年前ですね。

陵本:それから私が勤めていたブランド、ミハラヤスヒロも含めて、プーマの広告などいろいろな撮影にモデルとして参加してもらって。韓国やパリでも一緒に撮影したよね。

永山:仕事以外でも、たまに食事したり、いろいろと相談に乗ってもらってました。

陵本:ほぼ瑛太のその時の悩みを聞いてただけやけどな(笑)。

INTERVIEW WITH EITA NAGAYAMA #03

永山:家族や事務所、そして友達にも共演者にも相談できないようなことが、陵本さんには、ある種、親戚みたいな親近感があって話せたんですよね。信頼もできるし、仕事についてもあるけど、それ以上に人としてどう生きていくかを教わった感じです。陵本さんはポジティブな人なので、そこから前向きに生きる方法を学びました。常に「瑛太は、瑛太らしくや!」と励ましてくれて。人して、そして役者として、人前に立つ仕事をしている自分は、どういう風な振る舞い、生き方をしたらいいのかついてのヒントも沢山もらいました。10代の時に陵本さんに出会って、僕にとっては精神的に導いてくれるカウンセラーのような存在でしたね。そのままでいい部分と、俳優として人として成長しなくてはいけない部分を指摘するのではなく、ありのままの僕を認めて肯定してくれ、「どんどん楽しい仕事をしていきなさい!」といつも声を掛けてくれた。

陵本:あの頃は、瑛太もまだ若くて、所属していた事務所も大きくて個性派の俳優が多くてね。瑛太もモデルから俳優に転向したばかりで、大人の中で強いジレンマを感じているのは、話す度に感じてた。反対に周りは瑛太のことを認めていたし、瑛太には可能性しかなかったけど、本人が一番、自分のことと認めてなかった時期やったと思うんよ。それを瑛太本人に言ってもピンと来てないと言うかね。私自身、デザイナーと二人でビジネスを始めた頃は若かったし、生意気やって言われたりもしたから、瑛太の気持ちもすごく分かったし。自分もそうだけど、本人が気づいてないことっていっぱいあってね。瑛太とはそんなこんなで、色々な話をしたよね。

INTERVIEW WITH EITA NAGAYAMA #04

――そんな古くから繋がる縁があって今日の撮影に辿り着いたんですね。

陵本:そうなんですよ。瑛太とは8年に1回のペースで会ってるんです。よう考えたら、本当に周期があって、それが8年に1回。ロンドンで一緒になったときは、日本では瑛太は顔が知られているから行動しにくいことがあったりするんやけど、ロンドンでは自由。それで雑誌の『デイズド&コンフューズド』のスタイリストの子たちとご飯食べに行ったりして、楽しい時間を過ごしました。そして、これもまた偶然なんやけど、中目黒で韓国のバイヤーの子たちと私がご飯を食べてて、ほんなら、襖を挟んで隣の席で瑛太らもご飯食べてて、陵本の声が聞こえるって、襖を開けてんよね。「で、なにやってんの!?」となってな。韓国の子らって、日本の俳優が大好きなんよね。それで瑛太がいるっ!!!って大パニックよ。ぜひ、韓国に来てくださいってなって、韓国で雑誌の『L’official homme』と『Dazed&Confused』の撮影も組んでくれて、一緒にソウルに行ったよね。あの撮影は、私にもセンセーショナルで、韓国のフォトグラファー、ヘアメイク、スタイリストたちは、みんなとても才能豊かで、本当にカルチャーショックやったわ。

永山:そうでしたね。奇抜を通り越して、これが当たり前みたいな感じで洋服をセレクトされていて。えー、そんな色の組み合わせあるんだ、みたいな。陵本さんと再会する8年周期ってのは、偶然かも知れないけど、自分の中で人生の分岐点に立っているようなタイミングで再会してますね。韓国での撮影も、そして今回もそうすけど、普段は芝居の仕事ばかりで、モデル業も、もちろん責任感が必要なんでけど、楽しくいられるというか。スタッフの皆さんも嘘でも「かっこいい!」って言ってくれますし。嘘でも、褒められると嬉しいし、勘違いすると言うかね。たまにはこんなデザートみたいな仕事があってもいいんじゃないかって思う。それを周期的に陵本さんから頂ける僕は幸せ者だと思いますよ。

陵本:それは嘘じゃないよ、瑛太、ほんまにかっこええから(笑)。8年前がパリで撮影したミハラヤスヒロの広告で、フォトグラファーがパオロ・ロベルシ。あの仕事も刺激的やった。それで今回。私がモロッコのカーペットを販売する事業を立ち上げることになって、その写真に人物を入れるなら瑛太がええ!となって、瑛太の事務所のホームページから問い合わせしたんよね(笑)。そしたら、本人から直接、「どうしたの?」って連絡が来て。よく考えたら、私、瑛太の電話番号知ってたなって。でも、仕事のオファーは個人的に電話じゃなくて、仕事は仕事だから、ちゃんとしたルートで問い合わせた方がいいかなと。瑛太も独立したばっかりやったし。ちゃんと連絡が戻ってきて、嬉しかったです。瑛太って、カメラの前に立つとガラッと印象が変わるんですよ。私は若い頃から、ずっと彼を見てきているけど、どんどん顔が良くなってきてるし、抜けが出てきた気がする。以前は、俳優として頑張っている『瑛太』って感じやったのが、今は全てを引っくるめて、『永山瑛太』になってきたというかね。うちのカーペットはとても存在感が強いから、普通のモデルやと負けちゃうんです。でも強いアイデンティティがある瑛太なら、彼の存在が浮き出てくるんです。やっぱり、この人じゃないと、歴史があるカーペットとはしっくりこないなと思いました。カーペットって柄にはそれぞれ意味があります。私が取り扱っているものは、女性2人が2ヶ月掛けて作って、その女性たちの想いも詰まっているので、その人自身の『存在』がある人じゃないとモデルを務めるのは難しいと思って。それで瑛太にオファーしました。

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